書きかけの小説が止まる場所は、たいてい同じです。冒頭の勢いが切れ、けれど終わりはまだ遠い——原稿用紙にして百枚あたり。この時点で手元にあるのは「始まり」だけで、「道筋」がありません。
足りないのは才能ではなく、準備の向きです。場面を一つずつ並べたプロットは、登場人物が予定外の判断をした瞬間に崩れます。最後まで持つのは、場面ではなく数個の決定を固定したプロットのほうです。
起承転結が長編でうまくいかない理由
起承転結は短い作品には非常によく効きます。ただし長編に当てはめると「承」が極端に長くなり、そこで手が止まります。四百枚の小説なら「承」だけで二百枚を超え、その二百枚をどう進めるかは起承転結そのものからは出てこないからです。
つまり起承転結は、長編では骨組みではなく「読み終えたあとの形」です。書いている最中に必要なのは、各場面がこの本に属するかどうかを判断できる基準であって、全体の形の名前ではありません。
そこで下の五つの決定を先に固定します。数ページで済み、初稿のあいだは変えません。場面は変わっても、決定は動かない——その順序が逆になると、書き直しが止まらなくなります。
書き始める前に決める五つのこと
誰の話か
最後に変わっているのは誰か。出番が多い人物とは限りません。これを先に決めないと、中盤で語りが脇役のほうへ自然に流れ、結果として二つの小説が一冊に同居することになります。
何を求め、何が阻むか
望みは具体的であること。「幸せになりたい」では場面が生まれず、「あの手紙を取り戻す」なら生まれます。阻むものは状況より人物が望ましい——人物が相手なら、望みは次の場面を作り続けるからです。
最後の場面
結末を知っていても驚きは失われません。方向が決まるだけです。一文で足ります——誰が、どこで、何を理解した状態で。途中で変わってもかまいませんが、変わるまでは各場面がそこへ近づいているか測れます。
人称と時制
一人称か三人称か。これを百枚書いてから変えると、百枚を書き直すことになります。迷うなら同じ場面を両方で試し、説明を足さずに済んだほうを採ってください。判断はそれで十分つきます。
分量の目安
章数と、一章あたりのおおよその文字数。これは目標ではなく物差しです。物差しのない小説は毎日同じ距離に見え、その感覚こそが書くのをやめる最大の理由になります。
それでも手が止まったら
五つの決定は行き詰まりをなくしません。ただ、原因の切り分けを簡単にします。止まる理由はほぼ三つで、対処はそれぞれ違います。
その場面を知らない。登場人物がいま何を求めているか言えないなら、場面は書けません。望みと障害を三行書けば、場面はひとりでに開きます。
書くべき場面ではない。行き詰まりが「この場面は不要だ」と告げている場合があります。飛ばして次を書き、あとで読み返すと、多くは隙間すら残っていません。
前の決定が違う。どこを書いても重いときは、原因はたいてい数十枚手前です。五つの決定を読み直してください。直すべきは場面ではなく、そのうちの一つです。
日々の進め方
初稿では戻って直さない。推敲は別の作業で、同じ時間に混ぜると両方が雑になります。
文の途中でやめる。翌日、白紙ではなく書きかけの一行から始められます。
調べものは別の時間に。執筆中に開いたタブ一つが、その日の執筆時間を丸ごと消します。
形式面については縦書きと原稿用紙の扱いを、発表の場についてはウェブ小説の連載をどうぞ。
よくある質問
長編小説は何文字くらいが目安ですか。
単行本一冊なら十万字から十五万字、原稿用紙で二百五十枚から四百枚ほどが一般的です。規則ではなく幅なので、一冊目は下限寄りに置くほうが完成させやすく、投稿先も選びやすくなります。
プロットなしで書いてもいいですか。
書けますが、代償は推敲で払います。無計画な初稿はたいてい構造から組み直すことになります。五つの決定は、書く自由を狭めずにこの代償をかなり小さくする方法です。
一章はどのくらいの長さがよいですか。
章の数より、一度に読み切れる長さかどうかが重要です。三千字から六千字程度がよく機能します。総文字数をこの数で割れば、必要な章数はおのずと出ます。
初稿はどのくらいで書き上げるべきですか。
一日千字を週五日で、半年あればおよそ十三万字です。速さより連続性が重要で、二週間空けると中断した場所の文脈は完全に失われ、読み返しからやり直すことになります。
AIは小説を書いてくれますか。
書いた原稿を読んで矛盾や繰り返し、弱い場面を指摘するのには役立ち、下書きの文も出せます。ただし誰の話でどう終わるかはご自身の判断です。その二つこそが作品を作品にしているからです。